『その匂イ・・・閻魔、大王』
 
ギギギ…と軋むように呻いた相手を、私は全力で睨む。
 
此処でトチッたりしたら、侑魔君の魂をみすみす消してしまうことになりかねないし、優君も危ない。
 
此処は全力で。
 
油断せずに行こう。
 
「『言霊』と『魂と力の交換』は同時進行でやるから・・・優君、防御お願い!」
 
「多分数分しか持たないけど、良い?」
 
「充分!」
 
力強く答えて、侑魔君に視線を向ける。
 
金色の瞳も、丁度此方を見つめていた。
 
暫く何かを言おうとしていたものの、私の意志が固いのを悟ったのか、溜息を吐いて困ったように笑った。
 
「・・・じゃ、やるぞ」
 
「うん」
 
腕をまくりながら言われた台詞に頷いた瞬間。
 
空気が爆ぜた。
 
敵を拘束していた呪縛が完全に解かれたらしい。
 
殺気と憎しみの篭った目で睨みつけられた。
 
『殺す、殺シテ、やる!!!閻魔大王、鬼共ォオオ!!』
 
怒鳴り声と共に相手は地面を蹴り、此方に突っ込んでくる。
 
まあ、相手からしたら自分達を封印した憎き悪の親玉が此処に居る訳だし、気があらぶって当然なんだけどね。
 
優君が私の力を少し借りながらも放った防壁にめり込んで、相手は止まった。
 
といっても、この勢いだと手早く済ませないと防壁が破られるのも時間の問題だ。
 
「うわ、閻魔大王の出現で気が昂ぶってやがる」
 
「自分の封印に絡んでる相手だからね」
 
目と鼻の先に迫った、完全に理性を失っているらしい敵を見つめ、私は怯みそうになる自分を叱咤する。
 
「開、『――――――――――――――始ノ色――――赤空―――黒海――』」
 
「―――」
 
私が言霊を詠み始めた瞬間、爆ぜていた空気が固まっていくのが解る。
 
あるべき威力に留める為、圧縮し、力を構成する。
 
ビクッと軽く痙攣した侑魔君の体が赤い光を放ち、目が心を失い、ただ苛烈なまでの光を放っている。
 
「『中ノ景――――――――碧木―――蒼空――青海―――』」
 
更に言霊を進めれば進めるほど、力が圧縮され、侑魔君の中に集まっていく。
 
それと同時に、私の中にも侑魔君の心が入り込んでくるのが感覚的に解った。
 
それを消滅させてしまわないように大事に抱えながら、力を移す事に対する集中も途切れさせないように努める。
 
もうコレは力がどうとかじゃなくて、ただ集中力の問題だ。
 
「凄まじい、力だ・・・」
 
驚いたように漏らした優君の台詞と共に、防壁がミシッ、ピシッと嫌な音を立てた。
 
「『―――――――――――――――――――――――――終ノ世』」
 
焦ったように目を見開き、更に手に力を込めたらしい優君の様子を横目で見つつ、私は最後の段階に入りつつある言霊を唱える。
 
いける。
 
これならいける。
 
侑魔君の魂を壊さず、力だけを移したまま。
 
封印に移行できる。
 
確信と共に、口端が両端に釣りあがるのが解った。
 
今までの閻魔に出来なかった事が出来たとかそんな事より何より、侑魔君を救えることが嬉しい。
 
また、皆と一緒に笑える日々が、今、私の手の中にある。
 
「『全テ、始ニ還ル事』」
 
唱えた瞬間、凝縮された力が一気に大きく爆ぜた。
 
敵の力を上回る勢いで。
 
その力の衝撃破で、未だにそこら辺に蠢いていた雑魚妖怪達を吹っ飛ばす程度の勢いだった。
 
ユラリ、と立っていた猫鬼の器は、機械的な淡々とした動作で地面を蹴る状態に入っていた。
 
私が指令を出したら多分、自動的に相手を封印に掛かるだろう。
 
寧ろこの魂の残骸だけなら、向こうに強制的に還すことも出来そうだ。
 
そうすればこの四神の残骸は、次の世に転生する為に再構築する事も可能だし。
 
…まあ、その仕事は私じゃなくて次の閻魔がやるんだけどね。
 
「優君!!退いて!!」
 
「!」
 
叫んで私も飛び退り、猫鬼を繋ぎ止めていた指令を解除する。
 
優君も私の指示と同時に防壁を解除し、私の隣に着地、即座に協力な結界を作り直して私を守る体勢に入る。
 
完全にストッパーを外した侑魔君は、気付いて飛び退ろうとした敵に脅威のスピードで追いつき、首に手を当てつけた。
 
「全テ、始ニ」
 
相手の上に馬乗りになる状態で、侑魔君は相手の首を押さえつけて地面につなぎとめている方とは逆の手を高く振り上げた。
 
その目は黄金の輝き。
 
最早人間味の欠片も残されては居ない姿が、僅かに怖いと感じてしまった。
 
『ナ、に・・・馬鹿、ナ!?今代の閻魔、ハ、こんなニモ!?』
 
僅かに恐怖の滲んだ声で敵が叫んだ。
 
噛み付かんばかりの勢い―――下手をすれば相手の喉笛を食いちぎらんばかりの勢いで、侑魔君は凄まじい殺気と共に歯を剥いた。
 
「凄い・・・」
 
思わず感心してしまう程度の迫力。
 
っていうか状況をこういう方向に持って行った私でさえもいざ目の当たりにすると若干怖いものがある。
 
「――還ル事」
 
感情の篭らない声で言って、侑魔君が相手の顔面に腕を押し付けた。
 
爪伸びてる状態だから、敵さん顔面に食い込んで相当痛いことになってるような…。
 
侑魔君の手の平を中心に、黒い魔法陣のようなものが現れ、敵を徐々に蝕んでいく。
 
それと同時に、侑魔君から発せられた赤い光は地面を伝い、恐らくこの街全体に広がっていった。
 
『ァァァァアアアアアアアアアァァアア!!!』
 
苦しみと痛みと憎悪の篭った感情。
 
絶叫を残し、相手の体が魔法陣から現れた黒い手に飲み込まれていく。
 
そこら辺に蠢いていた雑魚妖怪達も一緒に掴まれ、蝕まれる。
 
「封」
 
侑魔君が感情の篭らない声でそう言った瞬間。
 
町中に広がった赤い光が一層大きく弾け、黒い手達が妖怪達を、敵を飲み込み、消滅した。
 
…恐らく、上手く地獄に返却されたと見える。
 
「コレで・・・封印、終了?」
 
完全に静まり返った街中でぼんやりと呟き、へたり込む。
 
「多分・・・」
 
「終わっ・・・たの?」
 
呆気に取られながら、今更震えてきた体を抱き締め、呟く。
 
終わった。
 
封印、出来た。
 
侑魔君、助けられた。
 
「・・・白亜ちゃん、ひとまず侑君の心を戻さないと」
 
「あ、うん・・・」
 
自分の手の平を見つめてボーっとしていた私は、はたと思い出して猫鬼の器を此方に引き寄せる。
 
機械的な動作で且つ俊敏に私の前に立った彼に手を向け、目を閉じる。
 
「『離』『戻』」
 
コレで万事完了な筈。
 
恐る恐ると目を開くと、ゆっくりと瞬きをして此方を見た金色の瞳と、視線が交差した。
 
その瞬間、侑魔君は顔を顰め、ガクッと膝から崩れ落ちる。
 
「―――・・・っ」
 
優君が慌てて駆け寄ったため転倒は免れたものの、地に膝を付けて、若干立つのも辛そうな状態だ。
 
あれだけの力を無理矢理入れて放出したんだから、そりゃ体に負担来るよね…。
 
特に侑魔君の体は作りが脆いから、ダメージは他の鬼よりキツイ筈。
 
「侑魔君!!大丈夫!?私の事解る!?コレ何本!?」
 
「うー・・・、解る解る。回答は白亜の指が二本」
 
目を擦りながら顔を顰めている侑魔君に駆け寄って、詰め寄る。
 
頭を押さえて顔を顰めては居たものの、特に問題はなさそうだ。
 
「・・・立てそうかい?」
 
気遣わしげに侑魔君を見下ろす優君の表情も・・・疲労は滲んでいたものの、心なしか先刻よりずっと柔らかい。
 
「何とか。全身筋肉痛みたいな状態だけどな」
 
苦笑して溜息を吐いた後、本格的に侑魔君は座り込んだ。
 
それから私の方に柔らかい視線を向けて、微笑んだ。
 
「・・・あと、お疲れさん。白亜」
 
その微笑に、何かもう色々な感情がごちゃごちゃになった私は、もう何も考えられず、
 
「〜〜〜!!! 侑魔君――!!
 
いっっっってぇええぇええぇぇえ!!!
 
とにかく侑魔君に飛びついていた。
 
思いっきり侑魔君が地面に頭ぶつけたっぽいけど、今私は正直それに構っていられる程心にゆとりがない
 
「あーホラよしよし・・・。 ・・・悪い、白亜泣いてて動けないから、優君・・・」
 
「じゃあ僕皆のトコに報告しに行ってくるね〜」
 
侑魔君の言いたい事を察したのか、優君はいつも通り穏やかに笑って、早々と踵を返して行った。
 
・・・ひょっとして、半分位気を遣われたというのもあるかもしれない。
 
「・・・侑魔君、だよね? 違う人じゃないよね?」
 
「本人だよ」
 
半泣きのままで問いかける私を見上げて、侑魔君は呆れたように額を押さえて返した。
 
「・・・終わったんだよね?侑魔君死ななくて良いんだよね?」
 
「ふははっ。白亜のお陰で見事全部終わったよ。無問題」
 
いつものように笑って、侑魔君はそう返してきた。
 
あー、もう駄目だ。
 
涙腺が決壊した。
 
「良かった・・・、良かっ、たっ・・・うぅ」
 
「・・・本当、頑張ってくれたよな。 ・・・有難う」
 
侑魔君を抱き締めて胸元を濡らしてしまった私に、彼はクックッとやや楽しそうに笑いながら、背中に腕を回して軽くポンポンと叩いてくれた。
 
暖かい感覚に、暫く私は涙が止まらなくなってしまった。



▽エンディングへ
 
 
 

BGM@鯨
最後の最後まで迷走した結果、厨二のノリに。
もういいよね。このUHは最初から最後まで厨二で。
その方が遠慮なくギャグに走れるんだもの。
言霊の下りは、もう思いつくアレがなかったんで、あんな形になりました。
あと四神が完全に噛ませ犬。
後半は日奈月の体力が0を下回ってる状態なので色々と酷い気がする。