(あ、れ・・・?私・・・)
 
恐る恐ると目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
 
「二人共!?」
 
私に攻撃しようと手を振り上げている敵と、その真正面に飛び出した侑魔君と優君の二人。
 
その三人も含める、周囲の雑魚妖怪達も、・・・恐らく私以外の全ての輩が、時を止めていた。
 
「何・・・これ」
 
いつの間にか無我夢中で突き出されていたらしい自分の腕を見つめて、ポツリと呟く。
 
私の体は何故かいつの間にか淡い光を放っていた。
 
・・・この状態の中で意識を持っているのが私だけで、私の体に異常が出ているとするなら・・・考えられるのは一つ。
 
どうやらこの時間を止めている力は、私のものかも知れない・・・という事。
 
とにかくこの力が私のものだと言うのは仮定するとしても、この状況はかなり不味いのではないかと思う。
 
(このままじゃ―――)
 
このままでは、私を庇う体勢に入っている侑魔君と優君が私の代わりに相手の攻撃を受けてしまう事になる。
 
そうなったら―――・・・、
 
(ただでさえボロボロなのに、あんなのに当たったら・・・死んじゃう!)
 
恐らく二人を今助けられるのは今意識を保っている私だけだろう。
 
私は体を動かそうとして――、驚いた。
 
体が、自分のものではないかのように重たい。
 
「どうして、どうして体が動かないの・・・!?」
 
口は動くのに、どうしても手足だけが動かない。
 
肝心な箇所が動いてくれなくては、二人を助けることも出来ない!
 
どうして、こんな状況で動いてくれないのか。
 
此処で二人を助けることが出来ないというなら、ここで私が意識を保って時を止めている理由など無い筈なのに。
 
『貴方が、自分に力に耐え切れて居ないからですよ』
 
どうしてどうしてと繰り返す私の脳内に、不意に響いた声。
 
それは、酷く聞き覚えのある声だった。
 
当然だ。
 
私はその声を、毎日聞いているのだから。
 
私が声を発する度に、聞いている声。
 
即ち、その声は、自分の声と全く変わらない代物だった。
 
それを理解した瞬間に、その人物は私の目前に風のように現れた。
 
宙にフワフワと漂い、黒い霧を周囲に纏った――その癖妖怪とは全く違う次元の輩だという事を理解させる、その人物は。
 
「わ、たし・・・?」
 
声と同様、浮世絵離れした服装と、死んだような表情以外は私と全く変わらない顔、出で立ちをしていた。
 
『・・・私が貴方で、貴方は私。 ・・・解っているのでしょう?』
 
そう呟いて、その人物は私に手を伸ばして―――、頬に触れた。
 
頬をなぞっていた手は、私の顔のパーツを確かめるようにして、目元や鼻先、顎などをするすると撫でていった。
 
その手がなぞった場所を、黒い光の軌跡が追いかける。
 
「・・・私、は・・・、―――っ!?」
 
呟いた瞬間、ズキリと頭の中が脈打ったような感覚に陥った。
 
ドロドロと、色々な記憶が流れ出して―――否、溢れ出てくる。
 
文字通り地獄の世で苦しむ人々、生を終えた後との審判に異を唱え、死にたくないと泣き叫んでいた者、様々な苦痛の記憶が、そこにあった。
 
コレは、私の記憶・・・?
 
何故私の中に、こんな記憶がある・・・?
 
そう疑問を抱いた端から、頭の中で何かがはじけるようにして、頭痛が起こる。
 
まるで、頭がその記憶自体を拒否しているかのように。
 
思わず呻いて歯を食いしばり、耐える私を・・・もう一人の私は無表情で見つめていた。
 
『・・・嫌な記憶でしょう。 でも、この二人を助けたいなら、貴方はコレと今一度向き合わなくてはならない』
 
「―――」
 
哀れむように。
 
それでも何処と無く決意を伺わせる声で。
 
私は、私から手を伸ばした。
 
最早、私が触れていなくても、私の顔中には、光の軌跡が暴れ回っている。
 
頭が割れそうな程に痛い。
 
忘れるか。
 
痛みと向き直るか。
 
私は今、きっとそんな決断を迫られている。
 
目の前に居る私が、決断をした時のように。
 
今一度、私は決断しなくてはならない。
 
『忘れたままでも構いません。忘れる事を望んだのは私だから。人間のままで死ぬ事が出来ますから』
 
表情を変える事もなく、淡々と喋っていた筈の私は、そこで一度小さく目を伏せた。
 
自分と同じ色の目は、深い水面のように悲しみを湛えている。
 
「人間のまま・・・って」
 
『・・・』
 
どういう事、と聞こうとして・・・止めた。
 
その答えは既に、私の記憶の中にあったから。
 
 
 
私は本来、人間じゃない。
 
 
 
今はただ、人間の器に納まっているだけで・・・本質は『まだ』変わっていない。
 
「・・・どうしたら、助けられるの?」
 
『・・・宜しいのですか』
 
昔の私の望みを考えれば、忌むべき事かも知れない。
 
だけど今は、それが逆に助かっている。
 
この力があればきっと・・・今正に命の危険に晒されているあの二人を助けられるだろうから。
 
目の前に居る私なら、迷ったかもしれない。
 
だけど、この私は・・・迷えない。
 
「貴方が私なら、解ってるでしょ。・・・私達は、このまま死にたくない。 私は、このまま死なせたくないの!!」
 
自分の想いを、自分自身にぶつける。
 
私の力を制御し、押さえつけているのは・・・過去の私自身。
 
今この力を使わなかったら、きっと私は・・・昔以上に後悔するだろう。
 
その意を汲んだのか、私は私の目を見つめ返して、気のせいか・・・僅かに笑んだように見えた。
 
しかし、それも一瞬の事。
 
直ぐに無表情に戻った私は、小さくコクンと頷いた。
 
『・・・解りました。では、私は私に還りましょう』
 
そして、私は再度私に手を伸ばす。
 
私は自然と目を閉じて、私を受け入れた。
 
そうすると、先刻まではどうしようもない位に痛んでいた私の頭痛が、ゆっくりと治まっていく。
 
人間の器には痛い記憶でも、『私』の本来の力が伴えば話は別だ。
 
人間の規格に合わせて、ある程度に圧縮し、容量を縮める事も出来る。
 
(『さあ、動かして。』 解るよ・・・。 私は―――)
 
先刻まで分離していた私の声に内心で答えて、目を開く。
 
私の体は先刻とは比較できない程に強く光輝いていて、力も漲って居る。
 
今なら、私は二人を助ける事が出来る。
 
「何もせずには終わりたくないから」
 
呟いて、手先に力を込める。
 
力を、具現化する。
 
「『動』!!! そして『雷』!!」
 
時間を動かし、敵にすぐさま雷撃を放つ。
 
『アアアアアアアア!!』
 
「「!?」」
 
雷撃は、侑魔君と優君をすり抜けて、私に向かって来ていた敵に直撃した。
 
驚いた様子で吹っ飛ばされた敵を見て、私は口を開く。
 
 
 
「私は、代百二十代目閻魔・・・。コレは私の大事な人達を酷い目に遭わせた仕返しです」
 
 
 
そう言い放って、未だに全身から放電されていた雷撃の残滓を、収める。
 
私の行き成りの変化に戸惑っていた(それも当然だ。私の中のあの決断の時間は、二人の時間の中にはないんだから)二人は顔を見合わせて、それから私に視線を戻した。
 
それから、困ったような視線を向けてくる。
 
・・・まあ、何となく心境は察することが出来るけど。
 
「・・・あー・・・思い出しちまったか」
 
「・・・本当は、思い出したくなかったんだけどね。」
 
侑魔君の呟きに苦笑して返す。
 
でも今は、少し喜んでいる部分もある。
 
・・・ってか侑魔君、私の正体知ってたな?その口ぶりだと。
 
・・・もっと早く言ってくれれは良かったのに、とか思わないでもないんだけど。
 
「・・・お陰で助かったみたいだけどね・・・」
 
優君もやれやれと言う様に溜息を吐いて肩を落としている。
 
多分優君はお兄さん達から何を知らされてた訳でもないんだろうけど、察しが良いからなー・・・直ぐ解ったんだろう。
 
私の正体が、先代の閻魔大王だという事を。
 
「・・・記憶のお陰で謎めいていたお兄さんの発言とか諸々の納得が行ったよ・・・。人が悪いんだから・・・。」
 
侑魔君も含めてね、と小さく内心で付け足して、半眼で睨む。
 
・・・まあ、侑魔君の考えてる事は何となく解るんだけどね。
 
自分で思い出さないといけない記憶だし、第三者から伝えられたって自分自身混乱するだけで納得は難しいだろうし。
 
・・・それにしても若干割り切れないものはあるんだけどね。
 
「で・・・、主? 見つかりましたか? 方法」
 
半眼で睨んでいた私に、悪びれもなく侑魔君は口端を吊り上げて問いかけてきた。
 
・・・主と解った上でその態度って、ある意味素晴らしいと思うんですけど。
 
いやいや、行き成り畏まられたら確実に私は傷つくんですが
 
うーん・・・複雑。
 
昔魂だった時はそんな子ではなかったと思うんだけどなー・・・
 
「今までに試したことが無い方法だけど・・・、多分大丈、夫!?
 
「おっと!!」
 
何はともあれ作戦を説明しようとした瞬間、私達の間に妖怪の攻撃が割り込んできた。
 
まずい、と思った瞬間は優君が防御壁を張り、侑魔君が敵を切り伏せていた。
 
・・・流石・・・。
 
あんなにボロボロでまだそれだけ動けるとは・・・。
 
「油断してたね・・・危なー・・・」
 
そうは言いつつも、優君はいつものようなほんわりスタンスを取り戻しつつあるらしい。
 
・・・つくづく侮れない部下だよね・・・本当。
 
今は一応『友人』と『彼氏』になる訳だけど。
 
「で、その方法って? 話の流れからすると猫鬼の役割の話だよね?」
 
「う、うん」
 
優君に促されて話を再開しようとした瞬間、侑魔君が再び別方向に鋭い視線を向け、地面を蹴って前方に飛び出した。
 
そして、爪を伸ばし敵を切り裂くのと同時に。
 
やべ、裂けた!! 優君達飛び退いて!」
 
「「おおおおっと!?」」
 
侑魔君の叫び声と同時に、前方で真っ二つにされた妖怪の死体が黒い靄に包まれつつ飛んでくるというとんでもない状況に。
 
グロテスクな上に危ない
 
戻ってきて「すまんすまん」「気をつけなよ・・・」なんてやり取りをしてから、二人は気を取り直したように私に目を向けた。
 
・・・緊迫感ないなー・・・
 
先刻かなり遠くに敵神ふっ飛ばしたから少しは時間に余裕があるとしても、幾ら何でもこれは・・・良いのだろうか。
 
「で?」
 
「うん。侑魔君の魂をね、一度私に移すっていうのはどうかと思うの」
 
「はぁ!?」
 
正直に私が提案すると、侑魔君はまあ・・・予想通りの反応をした。
 
私の体に魂を二つ入れて、私の閻魔としての力を侑魔君に移す。
 
そうすれば、侑魔君の本来の猫鬼としての役割は果たせるし・・・、侑魔君の魂は保護できるし・・・一石二鳥だと思うの。
 
「でも、一つの体に二つも魂突っ込んだら、危ないっていうか・・・器耐えられないんじゃ・・・」
 
「そもそも、そんな方法で事足りるなら今までの奴が実行してるんじゃね?」
 
その反論は最も。
 
だけど、今までの閻魔で出来なくて私が出来るかも知れないという確証は、一応私の中にキチンと存在している訳で。
 
その一、どうやら私は今までの閻魔の中で一番霊力が強かったらしい。
 
その二、猫鬼の役割の事を知っていた私は、一応此方に来る前にそれ相応に自分の器を強化していた(その分若干霊力が減ったけど)
 
その三、今までの閻魔は多分、猫鬼を助ける前に記憶が完全に戻らなかった及び、猫鬼を助ける気がない輩が半々だったんだろうと予測(かなり強引だけど)
 
以上の理由で、私は何とかなるかも知れない、という根拠を持っている訳だけど・・・今それらを説明するのは、正直面倒臭い
 
「その辺気合で何とかするし神様だから大丈―『ドォンッ!!』―うひゃあ!?
 
私が色々はしょって説明を終えようとしたら、何故か優君が「やばっ」と呟いて私達三人まとめて入る中位の結界を瞬時に張り、何事かと思った瞬間、凄まじい地響き。
 
見れば、どうやら妖怪達がまた集ってきて私達に一斉攻撃しようとしたらしい。
 
何匹かは結界に弾き飛ばされて、黒い靄になって消えた。
 
・・・何と言うか、今頃今代の閻魔大王は大変な思いをしてそうだなー・・・。
 
地獄に返品される死者が多すぎるというか・・・最近の人間は根性なってないんじゃないの?とか思ってしまう。
 
あっぶねぇぇえ!?優君有難う!!」
 
「全方向から来るとは思わなかった・・・。あっちもあんな感じかな・・・」
 
優君の問いに、侑魔君は「あー・・・そうかも。」と呟いて頬を掻いた。
 
流石にバカレンの皆の事が気がかりらしい。
 
翔魔君、魅艶君を筆頭としてありえない位強い人たちばっかり揃ってる訳だけど、それでも相手は四神だし・・・、若干危ない橋かも知れない。
 
「・・・ってか白亜、本当に出来るのか?」
 
「大丈夫」
 
「下手したら、俺の心だけじゃなくて、アンタの心まで壊れる事になるぞ?」
 
「大丈夫!!」
 
不安そうに念を押す侑魔君に、力いっぱい頷く。
 
正直、確立は希望的に見ても半々だ。
 
だけど・・・私はここで諦めたくない。
 
此処で諦めてしまったら、何もせずに終わってしまう。
 
そうなったら、侑魔君の魂が犠牲になる。
 
そんなのは、心底ごめんだ。
 
だから、大丈夫だと返すしかない。
 
失敗する確立は大きい。だけど、私は皆に嘘をつきたくない。
 
だから、頑張るだけだ。
 
大丈夫の言葉を嘘にしないように、全力を尽くすだけ。
 
「私を信じてくれるって、言ったよね?」
 
その金色の瞳を見つめながら言うと、侑魔君は一瞬怯んだように口ごもる。
 
それから困ったように頭を掻いて、考え込むように沈黙した。
 
「侑君、僕らどの道閻魔様には逆らえないしさ」
 
「・・・」
 
「それに、彼女の事を信じてあげるのが恋人ってもんじゃない?」
 
「・・・・・・・・・、そうだな」
 
「・・・有難う、信じてくれて・・・」
 
最終的には、ニコニコと笑いながら言った優君の一言に押されるようにして、侑魔君は不承不承というように了承してくれた。
 
・・・さて、此処からが勝負。
 
信じてくれた優君と侑魔君の為にも、私は頑張らなきゃならない。
 
 
 
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BGM@林檎の唄
こっちの白亜ちゃんは完全に力取り戻してる状態です。つまりほぼ無双状態。
眠すぎて色々作者の脳内ごちゃごちゃです。オレンジ色です(いつもとか言っちゃイヤン←ごめんキモかった。死んでくる。