私は、死んだのだろうか。
 
目を閉じる直前、敵の攻撃は眼前に迫っていたし、私は微動だにできなかった。
 
硬く目を瞑った私には、今四神が何をしているのか何て解らない。
 
ただ眼前に迫った『死』から少しでも目を逸らす為に、自分から暗闇の中へと入り込んだのだから。
 
『・・・愚カだ』
 
敵が発した一言に、私は恐る恐ると目を開いてみる。
 
そして、ある意味自分が死ぬよりも嫌な光景を見る結果になった。
 
「あ・・・、・・・・・・あ、ぁ」
 
先刻の肉を貫いた音は、私のものじゃない。
 
二人が、私を庇った時のものだった。
 
「優君、侑魔君・・・!?」
 
侑魔君は右胸に、優君は左肩に敵の攻撃を喰らった状態で、血反吐を吐いた。
 
相手の腕は貫通していて、その手は私に届く寸前で辛うじて止まっている状態だ。
 
『・・・無謀ナ、・・・この程度ノ奴らニ、我らハ・・・』
 
「嫌・・・、死なないで・・・二人共!!」
 
相手が何の感慨もなさそうに腕を引き抜いて、溜息のような台詞を漏らした。
 
それと同時にグラリと崩れ落ちた二人の体を、抱きとめる。
 
冷たい体から流れ出る、生ぬるい赤。
 
非現実的なその色が、リアルな温度を持って流れ出してくる。
 
私の所為で。
 
私が居たから。
 
二人が、死んでしまう。
 
私が居たから。
 
そう思った瞬間、頭痛が酷くなった。
 
脈打つようにどんどん酷くなって行って、割れそうな程に、激しく痛む。
 
目から流れ出る涙は、二人に対する後悔の念からか、生理的な涙か。
 
私にすら解らなくなっていた。
 
激しい痛みに『現実』を思い知らされるのに、私の意識は『現実』からどんどん引き離されていく。
 
まるで、現実をフィルター越しに眺めているみたいな感覚だった。
 
『私はいつだって、何も出来ない』
 
「!?」
 
不意に、自分の中から聞こえた声に、驚いた。
 
私の声なのに、喋っているのは私じゃない。
 
別の所から喋っている筈なのに、私の中から聞こえる声。
 
後悔と懺悔に満ちたその声に、私は聞き覚えがあった。
 
私だけど、私じゃない。
 
私じゃない、私の声。
 
ぼんやりとした、白濁した意識の中で、驚く程鮮明な思考でそう考えた。
 
『私は、どんな罪人よりも罪深い・・・』
 
耳元で囁くように、遠くから誰かに向かって叫ぶように。
 
そんな風に聞こえる、この世の物じゃない声。
 
その声を、私は知っている。
 
『こうしてまた、私の大事な者を、死の淵に誘ってしまった』
 
完全に私の意識も、私じゃない私の意識と同じ所に弾き飛ばされ、混ざる。
 
私はいつだって、何も出来ない。
 
今も昔も・・・、ただ、そこに在るだけ。
 
そこで決められた規定に従って、死人達を裁いていただけ。
 
そこに意思など、微塵も無い機械のような日々。
 
誰を救う事も出来ない、その癖強大な力の持ち主。
 
「『・・・、私は、』」
 
 
 
世界で最も重罪の――――・・・。
 
 
 
ようやく。
 
ようやく思い出した。
 
本当はきっと二度と戻る事はないと思っていたのに。
 
結局私は、こうなるまでに終わらせることが出来なかった。
 
ゲームに、負けたのだ。
 
私達が何度やっても勝てずに居るゲームに。
 
故に私は大事な存在をペナルティとして失う羽目になった。
 
コレも全て、自分の無力さ故。
 
もっと早く、思い出せていれば。
 
しかし、今更思った所で、遅い。
 
「・・・また、コレを・・・唱えるしかないのですね」
 
そう呟いて、私は二人の傷口に手を添えて、力を流し込む。
 
『匂イが・・・強くなっタ? お前ハ―――・・・!?』
 
驚いたように呟いた『神』に視線を向け、私は至極あっさりと相手の『時』を止めることに成功した。
 
記憶と同時に、力も戻っていたらしい。
 
コレだけの力があっても私は、大事な物を一つとして守る事が出来ずにいる。
 
今も、昔も。
 
「・・・二人共、良い?」
 
ある程度力を流し込んで回復したのか、ゆるゆると目を開けた二人に私は無表情のままで問いかける。
 
緑色の瞳が一瞬見開かれ、私の顔に視線が向けられる。
 
金色の瞳はと言えば、私が彼の心の元を持って居た時のように。
 
役割によって消滅した魂の代わりとなる彼の魂を育て上げ、この役割について説明した時のように。
 
全てを受け入れたように、達観したように沈んでいた。
 
「やっぱり、・・・貴方は・・・」
 
「・・・・・・覚悟は、とうに」
 
全部。
 
全部受け入れて。
 
諦めて。
 
持って行くつもりなのか、この人は。
 
それが役目だとしても・・・それは。
 
あまりにも酷い話だと思った。
 
このシステムも、そのシステムに組み込まれている自分も、そして・・・達観している侑魔君にすら。
 
もどかしさと苛立ちが募る。
 
「・・・っ! どうして、貴方はそうなの・・・。全部諦めて、心を簡単に捨ててしまう!」
 
反論の一つもしないで、簡単に受け入れてしまう。
 
不満だってない訳が無いのに。
 
自分の存在が消えてしまう事が恐怖じゃない訳ないのに。
 
「・・・侑君?」
 
不穏な空気を察したのか、優君が侑魔君に声をかけた。
 
その視線を、侑魔君は真っ向から受け止める。
 
「・・・優君も何となく、俺がやろうとしてる事は察してるだろ」
 
「・・・まさ、か・・・。死ぬ気?」
 
優君の、あちら側の記憶は戻っていない。
 
だからシステムの事を知っているのは、私と・・・恐らく翔魔君、翔魔君のお兄さん、それから当事者の侑魔君だけ。
 
それでも優君は侑魔君の思考を辿って、正しい結論を導き出したらしい。
 
僅かに非難の色を含ませた呟きに、侑魔君は小さく苦笑した。
 
「コレは俺の役目だ。こういう形でしか、役立てない」
 
「だからってそんな――・・・、お兄さんとかが何かを黙ってたのは、コレなの?」
 
「・・・」
 
頷くと、優君は暫く呆けたように侑魔君を見つめて、それから唇をギリッと音がする程噛み締めた。
 
侑魔君の意思が固い事を多分、この一瞬で悟ってしまったんだろう。
 
もう結末が決まってしまったという事を。
 
その結論に行き着いて、私は思わず俯く。
 
それから恐る恐ると顔を上げて、侑魔君と視線がぶつかった。
 
BGM@君は僕に似ている
間を空けて書くから設定が混乱するんだよ・・・orz
下書き書いてから何日経ってるんだ・・・(滝汗
「俺の体が消える前に、早くしないと。同等の神であるアイツが、動き出してしまう」
 
「でも・・・っ!」
 
「人間になりたかったんだろ? ・・・世界が消えたら、元も子もなくなるよ」
 
私の頬に手を当てて、ボロボロの侑魔君は、それでも驚く位穏やかな笑みを浮かべて見せた。
 
金色の瞳が、あの時――・・・想いを告げられた時と同じように、柔らかく細められた。
 
「だけ・・・ど、」
 
言葉は続かず、そこで途切れる。
 
私の言葉はきっと、この先・・・侑魔君の辿る道を変える事は出来ないだろう・・・と悟ってしまっていたから。
 
私が向こうに居た時と同じ。
 
侑魔君の魂を預かり、この役割について説明した時と同じ。
 
私は結局、何も変える事が出来なかった。
 
「・・・毎回・・・こうやって、苦い思いを、させられるね・・・僕達は」
 
優君が、押し殺したような声で呻いた。
 
恐らく、私の近くに居る影響もあって、あちら側での記憶が戻りつつあるんだろう。
 
転生してこちら側に来る前に、私に仕えていた頃の記憶が。
 
「・・・脆くて悪いな」
 
「侑魔君、」
 
侑魔君はそう言って、苦笑した。
 
猫鬼の体がもっと丈夫に作られていたら、こんな風にはならなかったのだろうか。
 
再構成も出来ない、手も加えられない、猫鬼に・・・侑魔君に恋なんてしなかったら、私はこんな想いをせずに済んでいたのだろうか。
 
そこまで考えて、自分の思考の醜さにぞっとした。
 
何が神だ。
 
醜く他人に責任を押し付けて、自分は悲劇の主人公でも気取るつもりなのか。
 
侑魔君を好きになったのは、自分自身だ。
 
その気持ちを自ら汚してどうする。
 
情けなくて、視界が涙で滲む。
 
「・・・大丈夫。今の心が消えても、『俺』が死ぬ訳じゃないから」
 
自分の役割を、此方での私に説明した時と同じように淡く笑って、侑魔君は私の頭を撫でる。
 
止めて、そんなの・・・。
 
未練になる。
 
これから消えてしまう筈の貴方を、消せなくなる。
 
「何の・・・慰めにもなってないよ!」
 
『グ、ァ・・・アアア!!』
 
侑魔君に対する涙混じりの怒鳴り声とほぼ同じタイミングで、敵の時間が動き始めた。
 
このままでは、直ぐに敵は復活してしまう。
 
だけど、私はまだ・・・覚悟をしきれて居ない。
 
「・・・白亜」
 
金色の瞳が、穏やかに私を促す。
 
私は。
 
「―――っ」
 
私は―――・・・。
 
 
 
▽迷う
▽頷く