「・・・解ってます」
その返答に少しだけ不安になって、私は侑魔君に視線を向けた。
「・・・侑魔君」
少し厳しい表情でお兄さんを見つめていた侑魔君の目が、此方に向けられる。
そして、その目が私を映して、穏やかに細められた。
「・・・ん?」
優しい笑みを向けられて、言葉がつっかえた。
これから起こる事への緊張感と不安に、胸が潰れそうなほどに痛む。
「―――」
言葉を紡ぐ事も出来ずにいる私を暫く見つめてから、侑魔君は小さく溜息を吐いた。
それから、私の頭の上に軽く手を置いて、壊れ物に触れるように撫でた。
「・・・・・・大丈夫」
小さな声でそう言う侑魔君に、訳も解らず泣きそうになって、ぐっと堪えた。
☆☆☆
「それじゃあ、侑魔・優、翔魔・湊、魅艶・時雨、爾・皐月の面子で、手筈道理に頼む」
『解りました』
要するにお兄さん以外のメンバーで、今復活しかけている四神とやらを止めろ、という話らしい。
それぞれ決められたペアで頷き、お兄さんを見つめている。
そのお兄さんはと言えば、不意にいつもの笑みを浮かべて私の方を振り返り、ニッコリと笑った。
嫌な予感しかしないのは気のせいか。
「じゃあ白亜ちゃん。君は侑魔達と行ってくれる?」
「・・・解りました」
半ば予想していた展開に「来たか」と思いながらも、頷いた。
本当は、凄く・・・怖い。
だけどきっと、怖いのは私だけじゃないから。
出来るだけ弱いものを出さないように、表情をぐっと引き締めた。
「?・・・危なくないですか?」
「お兄さんと居た方が良い気もするんですけど・・・」
事情を知らないらしい優君と、爾君が声を上げる。
お兄さん曰く、全員がこの事を知るのは、コレが終わってからだという事だ。
『侑魔君』が消えて初めて、全員はそのシステムを知ることになるらしい。
「後で解るよ。・・・ねえ?翔」
「・・・まあ、ね」
ただ、翔魔君はリーダーであり、お兄さんの弟でもあるから・・・例外的に知っているらしい。
侑魔君を見て僅かに目を細めた後、ぶっきらぼうに呟いた。
『――――ガァァアアア!!!』
何かの雄叫びによって、突如地面が揺れる。
町の中心が、既に光り始めていた。
怖い。
本能的な恐怖が、私の胸を支配する。
「全員、元の姿に戻って出陣」
『了解』
翔魔君が短く言った瞬間、返答した全員の体が光り―――・・・。
「!!」
瞬きをした瞬間には、全員の頭に『角』が生えていた。
コレが、鬼としての彼らの本来の姿らしい。
・・・良かった、一応人型だ。
「・・・白亜、行こう」
どうでも良い事に安堵していた私に、侑魔君が声をかけてくる。
いつぞや私が可愛い、と評した姿は・・・やはりこういう場で見ると鬼らしいというか、鋭利な刃物のよう。
だけど、私には幾分かの穏やかさを見せてくれる。
その事に、安堵を覚えた。
「―――うん・・・!」
金の瞳を見つめ返しながら、私はしっかりと頷いた。
☆☆☆
「結界が不安定になって、妖怪達が外に出ようとしてる」
遠くを見つめながら、優君がいつに無く真剣な様子で呟いた。
「雑魚ばかり殺っても、この地帯に気を充満させてる奴を倒さないとならないな」
あまりシリアス味を感じないというか、少し面倒臭そうに溜息を吐いた侑魔君に、優君が小さく苦笑した。
勿論、油断をしていないのは解る。
・・・多分、二人共私を必要以上に怖がらせないように気を遣ってくれてるんだと思う。
そんな事に気付いて口元を緩めた瞬間、再び大地が揺れて、何かが町の四方から噴出した。
赤黒い靄に包まれたそれは、まるで火柱のようだ。
それが発生したと同時に、頭を鈍器で殴られたかのような痛みが走る。
「つっ!?」
頭を鈍器で殴られたような、激しい頭痛が襲ってきた。
思わず顔を顰めて、頭を押さえる。
「どうした!」
「大丈夫?」
「・・・、アレ、何・・・?アレが出てきた瞬間、頭痛が・・・」
一瞬二人の注意が此方に向いて、何かを言おうとした瞬間、別の何か・・・先刻の赤黒い靄の塊が、此方に飛来してきた。
「「!」」
靄は私達の前方にボタリと落ち、それが徐々に人の形になっていく。
そのどろどろした人型がきちんとした形に近づくにつれて、そこから発生する威圧感と頭痛が、酷くなる。
『鬼・・・共、・・・我、ラヲ・・・封印、シタ、下郎・・・』
何処から発生しているのかも解らないその人型から発生する声は、低く、地獄の底から這ってくるような声だった。
恐らく、コレが・・・四神の一人。
神と私の間に入っている侑魔君と優君が、私を庇うようにして立ち、妖怪を睨みつける。
「・・・元旧神とは言え、神堕ちしちまった馬鹿に下郎呼ばわりされる覚えはないな」
口元に皮肉げな笑みを浮かべて、侑魔君が言い返す。
すると怒りに触れたらしく、神からの殺気と威圧感が、増大した。
「雑魚も集まってきたよ・・・どうする?」
優君が言ったとおり、私達の周辺には、四神の気に当てられて妖怪になってしまった人たちが集まってきていた。
コレは全部、元々人だった存在たち。
これから人を目指す予定だった存在たち。
聞いた時はまるで試験を事故で中断させられてしまってるようだと思ったけど、コレは・・・今この状況でそんな同情心めいたものは沸かない。