『私は、――になりたいのです』
頭の中で呟かれた、凛々しい声。
凛々しいけど、何処か疲れたような、諦め混じりの声。
『――に、なりたい』
再度呟かれた時には、その望みは既に、薄いものへと変わっていた。
しかし、その様子を見た後でも、彼は。
頷いて見せた。
『・・・解りました。ならば、私達と一緒に』
同じくらい凛とした声で、彼はその主の手を握った。
☆☆☆
「・・・へっくしゅっ!!!」
自分のくしゃみで、夢から覚める。
ぼんやりとした頭の中で、先刻の夢の内容をボーっと考えつつ、鼻を啜った。
「大丈夫?」
頭上から降ってきた、僅かに心配そうな声に、閉じかけた目をもう一度開いて見上げる。
金色の瞳が、少し細められていた。
「侑魔君・・・?」
名前を呼ぶと、侑魔君は僅かに微笑んで、私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
ただ、叩くというよりそれは、ほぼ撫でるに近かったけど。
「こんな所で寝てると風邪ひくぞ」
こんな所・・・で思い出したけど、今私が寝ていたのは自分の家(というかお兄ちゃん宅)のリビング。
ソファに座ってる内に、寝てしまったらしい。
女子として果たしてこんなんでいいのか。
「アレ?侑魔君上着・・・」
「・・・」
沈黙したままでスッと指差された先を辿っていく。
上着は・・・私に掛かっていたらしい。
どうやら寝ている私を気遣って侑魔君が掛けてくれた模様。
よくよく考えれば、座っていた筈の私の体勢も、完全に眠る時の状態になってるし。
「わぁ!いつの間に・・・、ごめんね侑魔君!!」
「・・・」
慌てて飛び起きて言ってみるものの、侑魔君は無言。
もう一気に目が覚めた。
「お、怒ってる?」
「・・・」
「・・・っ」
沈黙に絶えられなくなって、俯く。
どうしよう、という考えでぐるぐるして、泣きそうになる。
その私の前で小さく笑う声が聞こえて、顔を上げれば、侑魔君が意地悪そうに笑っていた。
「クク、怒ってねえよ。からかっただけ」
「ひど・・・!」
「悪かった。膨れるなよ」
クツクツ笑いながら宥める様に頭を撫でられては、もう何も言えなくなってしまう。
穏やかすぎる空気に、少しだけ、何故か心が痛んだ。
「・・・ねえ、侑魔君」
「ん?」
侑魔君の手を掴んで、視線を交わす。
金色の瞳は静かに、私を見つめてくる。
この間からする嫌な胸騒ぎが、心を落ち着かせてくれない。
「・・・もうすぐ、なんだよね。多分」
きっともう直ぐ、大きな事件が起こる。
とても怖い、それでも予想がついてしまう事態が。
侑魔君は私の様子に少し困ったような顔をしてから、頷く。
「ああ、多分な。・・・怖いか?」
「・・・少し」
嘘だ。
本当は、少しなんて生易しいものじゃない。
あれから方法を探しているのに、侑魔君が助かる方法も、まだ解らない。
それでもギリギリまで諦めないと言ってくれた侑魔君を助けたいという気持ちは変わらない。
私だって、最後の最後まで頑張らなくてはならないと思う。
・・・否、頑張りたい。
頑張って、侑魔君とこれからも一緒に居たい。
「・・・安心しろよ。バカレンの皆が居るから」
「・・・侑魔君も、ね」
「・・・あぁ」
私の心を察したように告げた侑魔君に、目頭が熱くなる。
駄目だ、此処で泣いたら・・・お別れみたいになる。
「生きて、終わらせるんだからね」
生きて、帰ってくる。
贄になんか、させない。
「はいはい。解ってるよ。アンタもつくづく心配性だね」
「私は真剣に・・・」
「俺だって、折角好きな奴とくっつけたのに、おいそれと死んだりはしないよ。大丈夫」
少し震えて掠れた声に、侑魔君は慈しむような目で、安心させるように言ってくれた。
その優しい声に、
「――――・・・」
言葉が、
詰まる。
とうとう堪え切れず、涙が零れた。
「・・・この間から泣かせてばかりだな」
「っ・・・」
泣き出した私を侑魔君が引き寄せて抱きしめ、あやす様に背中を軽く叩く。
「・・・大丈夫。大丈夫だ」
私に、そして自分に言い聞かせるように。
「・・・うん」
穏やかな声で元気付けてくれた侑魔君に、私は涙声のままで頷いた。
多分、もう直ぐ運命の時は来る。
その前の少しの時間を、こうして二人で過ごしていたい。
―あとがき
BGM@愛をこめて花束を
嵐の前の静けさ。嵐の直前。