部屋の中に、重苦しい沈黙が流れる。
 
暫くの間、音か消えたような時間の中で、私がようやく口を開いたのは、一分以上立ってからだ。
 
「助かる方法は・・・ないの?」
 
絞り出した声は、微かに震えていた。
 
「・・・・・・」
 
目の前の侑魔君は驚くほど落ちついていて、自分がこれから死ななければならない運命に置かれてる人とは、思えなかった。
 
否、思いたくなかった。
 
「どうして・・・、侑魔君が贄にならなきゃならないの・・・」
 
他の誰がなってもきっと悲しいし、嫌だと思うけど・・・侑魔君が、と思うとそれはより一層酷かった。
 
目の前で今座っている男の子が、遠い。
 
「猫鬼は・・・体の作りが脆いんだ」
 
ポツリと小さく告げられた台詞に、私はゆるゆると顔を上げた。
 
金色の穏やかな目と、視線が絡む。
 
「他の鬼達は寿命を終えた後、一度あちら側に戻って体を作り直し、補強して、きちんとまた転生し直す事が出来る」
 
だから、猫鬼の宿命も、多分知らない。
 
そう言われて、優君が侑魔君の役割について知った気配がなかったことを理解した。
 
コレを打ち明けたのは、私だけだという。
 
つまり、他の人間が何度も何度も転生して姿を変える中、侑魔君だけは、同じ姿で、ずっと時を刻み、そして生贄として消えていく。
 
「・・・猫鬼は・・・それが、出来ないの?」
 
「ああ。体が脆いから、補強しようと体を分解したら、二度と元には戻らない。戻らず、存在そのものが消える」
 
身体が脆い。
 
だから侑魔君はいつぞや自分の事を、欠陥品と言ったのか。
 
納得が行き、同時に胸の内に苦い物が溢れた。
 
教室の時よりも、ずっと苦しい。
 
「そしたら・・・守護する鬼も、減る・・・」
 
「しかし、猫鬼だけはその分魂の器がしっかりと出来ていて、少し物を入れたくらいでは壊れないようになっている」
 
「・・・」
 
「その魂の器から、記憶だけを抜き取って、そこに・・・霊力を注ぐ」
 
転生ができなくて器が他の鬼より強いから・・・、侑魔君が心を捨てなければならないのか。
 
その事実の道理は理解できても、納得はできなかった。
 
例え自分が部外者の立場に居るという事を踏まえても、納得はできないし・・・したくない。
 
「あとは、アンタから言霊を受け取り、後は自動で封印の作業に移る」
 
「どうして私が・・・?」
 
何故か登場した私の存在に、疑問を覚えた。
 
私がどうして、この儀式に必要な存在になっているのか。
 
「アンタしか解らない言霊があるんだ。それが、封印の鍵になる」
 
「・・・・・・」
 
そこまで言ってから侑魔君は私の表情を見つめ、いつものような苦笑いを浮かべて見せた。
 
「体はそのまま永久に此処に残るから・・・。形だけは、・・・変わらない。少し人格は変わるかも知れないが、『侑魔』は消えない」
 
それは。
 
それじゃ、まるっきり、別人じゃないか。
 
形が同じだけなんて、そんな残酷な事はない。
 
「そんなの・・・っ!!」
 
涙を堪えて、侑魔君を睨んだ。
 
それから、侑魔君に力いっぱい飛びつく。
 
 
 
「そんなの侑魔君じゃないよ!!」
 
 
 
「・・・なっ!?」
 
私の行動に驚いたのか、私なんかよりずっと戦闘に慣れていて力もある筈の侑魔君の体は、簡単に傾いだ。
 
侑魔君を、私が押し倒す形になる。
 
「私が好きなのは・・・今の侑魔君だもん。・・・そんな、代わりに生まれた侑魔君を、私は愛せない」
 
「!!」
 
「・・・前に、友達って言ったけど。・・・私は、侑魔君が好き。友達以上に。・・・だから、消えて欲しくない」
 
零れ出る涙と共に、この間言えなかった想いもぶちまけた。
 
侑魔君は暫く驚いたように目を見開いた後で、私に困ったような目を向けた。
 
困らせている自覚はある。
 
それでも、言わずには居れなかった。
 
簡単に死のうと思って欲しくなかったから。
 
私の言葉で、侑魔君が死ぬことに対する罪悪感でも、生きる事に対する執着でも、持ってくれればと思った。
 
「・・・、白亜・・・」
 
言葉が見つからないのか、侑魔君は私の名前を戸惑うように呟いた。
 
「方法、探すから。何としても、探すから!だから・・・諦めないでよ」
 
涙を拭うこともしないで、侑魔君に訴えかけた。
 
此処で私まで諦めたら、誰も侑魔君を助けられないと思うから。
 
私の言葉を聞いて侑魔君は、静かに俯いた。
 
長い前髪に隠れて、侑魔君の表情が見えなくなる。
 
「・・・だけど、そう簡単には見つからないと思うよ。先代の『侑魔』も、その前の『侑魔』も、封印に使われた。・・・多分、成す術もなく」
 
その言葉には、僅かにも助かりたい、という想いが見えた。
 
それが私の希望になる。
 
私だけが助けたいと思っても、侑魔君が助かりたいと思わないと、話にならないから。
 
「それでも・・・私は、侑魔君を助けたい」
 
「・・・・・・」
 
だから。
 
「・・・諦めたり、しないで・・・。お願い・・・っ」
 
「・・・・・・・・」
 
「・・・侑魔く、」
 
縋るように名前を呼びかけた瞬間、気がつけば私は侑魔君の腕の中に居た。
 
子供をあやすみたいに、頭をポンポンと軽く叩かれる。
 
「・・・解った。ギリギリまで、俺は諦めない事にする」
 
「!」
 
その言葉に、勢い良く顔を上げると、困ったように笑う侑魔君と目が合った。
 
どちらかと言うと苦笑いに近い笑みだったけど、その目は凄く優しかった。
 
「・・・もう少し、お前を信じてみるよ」
 
「侑魔、君」
 
その言葉と共に、そっと頬に手を当てられた。
 
表情は穏やかだけど・・・、その手は少し、震えていた。
 
「・・・呼び捨てで良い。・・・先刻の返事だけど・・・、俺も、お前が好きだよ。友達以上に」
 
静かな声が聞こえた後、気がつけば、私の唇には、暖かいものが触れていた。
 
目を閉じて、侑魔君を感じる。
 
「ん・・・」
 
「・・・有難う。俺の為に泣いてくれて」
 
唇が離れた後、侑魔君は笑顔でそう言ってくれた。
 
 
 
―あとがき
 
 
あー・・・何かもう、やりきったー・・・(え
そしてコレを公開している事が若干恥ずかしかったりする俺(汗
っていうかヤマナデ見ながら書いたから文体しっちゃかめっちゃかです。
後半は勢いに任せてやっちまいました。さ−せんwww