「・・・あーあー・・・後味悪い」
 
目の前にある四角い石に向かって、翔焔は呟いた。
 
その横に居る弟、翔魔も同じようにじっと墓石を見つめて、先刻から沈黙ばかりが続いている。
 
「・・・」
 
「落ち込んでる? 翔魔」
 
ニッと笑いながらからかうように問いかけられても尚、翔魔は視線を墓石から逸らすようなことはせず、ぼんやりとした表情だった。
 
暫くその墓石を眺めて溜息を吐いてから、ようやく兄に目を向け、いつものような表情を造ってみせる。
 
「兄貴と違って俺は非人道的じゃないからね」
 
僅かに非難するようなその口調には、確かに棘が含まれていた。
 
その瞳は確かに、確実に苛立っている。
 
「・・・そうでもないよ?今代の閻魔様に死なれて、結構ショックは大きい」
 
説得力を感じさせない飄々とした動作で肩を竦めて、翔焔は墓石の傍から離れ、翔魔もその後に続く。
 
「・・・・・・まさか心中するとは思わなかったよ」
 
「心中って言うのかね。 片っぽは生きてるでしょ」
 
ポツリと呟いた翔魔に、翔焔は苦笑しながら返す。
 
その落ち込んでいられるような立場ではない。
 
キチンと街の妖怪を見回らなければならないという事は解っている。
 
だが、その考えを理解していても尚割り切れないのは彼女――白亜の死だ。
 
結局彼女は侑魔の魂を消し去り、封印を完成させた。
 
そしてその後、自分の魂までも消し去ってしまった。
 
望んで得た人間の体だったろうに、と内心で翔魔は一人ごちる。
 
自然に新しい魂が入る侑魔とは違い、当然白亜の体は魂がなくなったらそのままだ。
 
即ち、魂が分離し、消滅した瞬間・・・彼女は死んだという事になる。
 
「でも、全然違う家の、全然違う性格の、全然違う奴としてだろ。同じなのは見た目だけじゃないか」
 
侑魔の魂は新しく植えられ、今は『設定』も書き換えられて別の人間として育っている。
 
彼はまた、今の彼のままで鬼と戦っていく・・・、それは変わらない。
 
それを思い顔を顰める翔魔を横目で見て、翔焔は口端を吊り上げた。
 
「死んだのと同じって?」
 
「違う訳?」
 
「・・・違わないね。でも、毎回こんな調子だよ?」
 
あっさりと言う翔焔を見もせずに、翔魔は溜息を吐いて頭を掻いた。
 
「・・・兄貴と違って、僕は今回が初めてなんだよ」
 
翔焔は訳あって前回の閻魔の時、封印の際に猫鬼の魂が犠牲になるのをその場で見ている。
 
故に衝撃も少ないし、彼自身が割り切って接している為、そんなに心は痛んでいなかった。
 
「・・・優君は?」
 
「立ち直ってると思う?」
 
「いや」
 
恐らく表面上は取り繕っても、心中は穏やかじゃないだろう・・・と予想する。
 
翔魔も含めて、彼らのグループは『友人』が死んでもすんなりいつも通りの生活に何もかも戻せる程に割り切り上手には出来ていない。
 
「・・・今の侑魔君はもう直ぐあの学校に編入してくるけど。・・・その調子で大丈夫か?」
 
新しい記憶を作り、新しいメンバーとして。
 
侑魔は彼らの学校に転入してくる。
 
そして、白亜のように巻き込まれる形で、バカレンの任務に参加させられることになる。
 
そういう風に作られている。
 
「さあ・・・。僕達も色々と思う所あるし。 ・・・もう少し、時間は欲しいよ」
 
「・・・解った。手を回しておく」
 
翔焔はそう言って、頭をガリガリと掻く。
 
弟の出す空気に、やや面倒そうな顔すらして見せた。
 
「・・・『俺が居なくても世界は回る』・・・か」
 
立ち止まり、空を見上げてポツリと言った翔魔の台詞に、「ん?」と翔焔は聞き返す。
 
聞いていない訳ではなかったが、咄嗟に何の事か判断できなかったらしい。
 
「いや、侑魔が思ってそうな事だと思ってさ」
 
そう言って、翔魔は皮肉げに口端を吊り上げた。
 
今日も、世界は何一つ変わる事なく回る。
 
例え、人一人の魂が消滅したとしても・・・それは変わらない真実。
 
この世界を守る立場に居る翔魔は、少しだけ・・・世界が悲しいものに見えた。
 
 
 
 

BGM@蝶