「・・・」
 
夕日の色に染まった教室の中で、私は小さく溜息を吐く。
 
・・・夕方の、誰も居なくなった教室は意外と寂しい物がある。
 
・・・何より寂しかったのは、あれね。
 
皆に「じゃあね」って言う時かな。
 
何か、固まって話しながら帰っていく皆の背中を見送るのは、少しだけ寂しかった気がした。
 
きっとこの痛みは、この瞬間だけの物で・・・明日になったらまた、割り切って日常に戻るんだろうけど。
 
ぐだぐだと考えながら、私は机に突っ伏した。
 
『侑魔ぁ?ああ・・・今日は確か演劇部の方に出てると思うケド?』
 
頭に浮かんだのは、先刻した、魅艶君との会話。
 
開口一番にそんな事を問いかけた私に、疑問符を浮かべながらも軽く答えてくれたのを覚えている。
 
『ええと、終わるの何時位か解る?』
 
『六時かな』
 
・・・どうやら、演劇部も終了時刻は六時らしい。
 
お兄ちゃんの方の部活も、確かそうだったような・・・。
 
『・・・魅艶君は、今日演劇部じゃないの?』
 
そう問いかけると、魅艶君はヘラッと笑って見せた。
 
『ああ、バイトバイト。今は忘れ物取って来た所なのよーん』
 
『は、はあ・・・』
 
答えて、また妙な沈黙が降りた。
 
何かで話題を繋ごうとする私を暫く見てから、魅艶君は何かに合点が行った様にニィッと笑って見せた。
 
(・・・嫌な予感がするんだけど。)
 
『侑魔君に用事なら、呼んでこようか?』
 
何か知らないけど、しっかりバレてました
 
何故に。
 
『あ、良いの!!部活の邪魔しちゃ悪いし』
 
バツが悪いやら恥ずかしいやらで、慌てて弁解した私を、魅艶君は教室を出て行く最後までニヤニヤニヤニヤしながらからかってきた。
 
もう、何でこういう時だけ察しが良いのかな・・・。
 
・・・ひょっとして、私が解り易いだけ?
 
そう考えて、自分の単純さ加減について改めて痛感し凹んでいる所に、ふと廊下から足音が聞こえて来た。
 
その足音で、何となく私は自分の待っている人が此方に向かって居る事に気がついて、慌てて隠れる。
 
勿論、この間と同じ場所に。
 
今度は恐怖なんて無くて、ただ・・・少しの待ち遠しさと、悪戯を仕掛けたときのような高揚感があった。
 
「・・・」
 
ガラガラ、と扉が開く音。
 
足音が教室の中に入ってくる。
 
「・・・」
 
衣擦れの音に、何となく予想していた癖に顔が赤くなるのを感じる。
 
・・・コレ、確信犯でやったら若干変態臭いなー・・・なんて今更ながらに思う私はやっぱり阿呆なんだろうな・・・、としみじみ思う。
 
阿呆すぎるだろ、私。
 
そんな事を考えて居る間に、私の目の前に影が指す。
 
視線を上げると、困ったように笑う侑魔君の姿があった。
 
「・・・やっぱり、此処に居たか」
 
「・・・バレた?」
 
「気配で何となくな」
 
苦笑混じりの声に、舌を出して笑う。
 
・・・我ながらコレは何処の少女マンガからパクッてきたのかと思える位にベタなシチュエーションだよ・・・。
 
「今度はちゃんと服着てるんだね」
 
笑いながら言うと、侑魔君は若干恥ずかしそうに視線を逸らした。
 
今度はキチンといつものタートルネックを着て、そこに立っている。
 
この間の事を思い出しているのか、若干その顔は赤みがさしているけど。
 
「同じ鉄は二度は踏まないからな。・・・たまに踏んでるけど」
 
「あはは」
 
不貞腐れたように呟かれた台詞がどうにも子供っぽくて、思わず声に出して笑ってしまった。
 
侑魔君の眉間に、小さく皺が刻まれる。
 
別に怒ってる訳じゃないのは、何となくこれまでで解ったけどさ。
 
「・・・それで?」
 
「ん?」
 
暫くの沈黙の後、侑魔君は机の上に寄りかかりながら私の方に視線を向けた。
 
その真面目な表情に、私まで顔が赤くなるのを感じた。
 
「何か用があったから残ってたんだろ。こんな暗くなるまで」
 
・・・どうやら私の事はお見通し、といった所らしい。
 
ただ、急に真顔になられるとこっちも吃驚するので、少しは猶予を下さいって心境になったけど。
 
毎回唐突なんだからさ・・・。
 
「うん・・・」
 
「・・・」
 
頷いて、私も侑魔君の隣に立つ。
 
小さく息を吸って、吐いて・・・それから侑魔君に視線を合わせた。
 
「この間の事、ちゃんとお礼言ってなかったから・・・。・・・有難う、助けに来てくれて」
 
やっぱり面と向かって言うのが恥ずかしくて、後半で少し目を逸らしてしまった。
 
・・・大勢の前で言うのも恥ずかしいけど、コレはこれで・・・意外と勇気が要るものだと思う。
 
「おう」
 
少し言葉が詰まったような沈黙の後で、ようやく返されたのが、この台詞。
 
それを言った本人にチラリと視線を向けて、思わず噴出してしまった。
 
「・・・照れてる?」
 
「・・・・・・・」
 
沈黙こそ肯定の証だ。
 
現に侑魔君は、「おう」を言った時にさり気なくそっぽを向いてたし。
 
・・・解り易いなー。
 
「ねえ、侑魔君」
 
「ん?」
 
改めて、侑魔君に声を掛ける。
 
最初に会った時よりも幾分心を許してくれたような柔らかい声が返って来て、胸がキュウ、と締まるような感覚がした。
 
ずっと聞きたかったことを、今こそ聞こう・・・と何となく思った。
 
今なら、答えを聞くこともあまり怖くない。
 
彼の返答に、芽生えた期待を裏切られないような気がするから。
 
 
 
「・・・どうしていつも、私の事を助けに来てくれるの?」
 
 
 
その質問をぶつけた。
 
何となく今までは「義務だから」とか、「別に」とかそういう素っ気無い言葉で返されたら、とか考えて聞けなかった質問。
 
でも、今なら何となく・・・悪い返事は返ってこないような気がする。
 
我ながら、臆病な上にセコい考えだけど・・・そうじゃないとこっちも踏み込みきれない。
 
誰だって拒絶されて傷つくのは怖いから。
 
侑魔君はギョッとした後で、口を何度かパクつかせてから、また視線を横へ向けた。
 
「・・・・・・お前さんの事を、いつも気にかけてるからな」
 
「何で?」
 
「・・・何で、って・・・」
 
それこそ、何でそんな事を聞くのか、という顔をされた。
 
私だってどうしてこんな質問をするのかなんて判らない。
 
ただ、不安を解消して欲しくて甘えているだけだ。
 
甘えさせてくれるから・・・甘えているだけ。
 
「私、侑魔君に守ってもらう程の女の子じゃないかも知れないよ?」
 
勝手に口が動いて、侑魔君に不安をぶつける。
 
その問いを口にした瞬間、何となく胸のうちがスウッと冷たくなった気がした。
 
ああ、とうとう口にしてしまった・・・と内心で呟く。
 
そんな私を、侑魔君はただ見つめるだけ。
 
それから、ゆっくり口を開いた。
 
「・・・お前さんが怪我するの、嫌なんだよ」
 
「え?」
 
ぶっきらぼうな台詞を、聞き返す。
 
この空間で聞き逃す筈もないけど、何となく信じられなくて。
 
期待していたよりも暖かい言葉に、戸惑った。
 
「・・・俺みたいな欠陥品でも、多少君を助ける位は出来るし、体質が体質だから・・・、目を離せなかった」
 
「欠陥品って・・・」
 
そんな事はない、と否定しようとした私を遮るように、侑魔君は私に目を合わせた。
 
金色の瞳と、視線が交差する。
 
「・・・しかも、俺の事でそんな風に心配してくれる白亜を、気がついたら目で追ってたんだよ」
 
やんわりと笑って、髪を一房手に取る侑魔君に、体が硬直する。
 
「・・・っ」
 
距離が近い。
 
真剣で柔らかい眼差しに、体が熱くなる。
 
「少しでも、俺が君を助けられれば良いと思ってる」
 
「侑魔君・・・」
 
言葉が見つからなくてただ名前を呼ぶ私に、侑魔君は微笑で応える。
 
「毎回俺に助けられてくれるから、俺も何も出来ない自分を嫌悪しなくて済んでるんだ。・・・有難う、白亜」
 
〜〜〜〜っ!!!
 
限界。
 
体温上がりすぎて頭がくらくらしてきた。
 
侑魔君のデレ全開が、此処までクる物だとは・・・。
 
そんな事を考えて固まって居る私に軽く笑って、侑魔君はスッと離れた。
 
「・・・そろそろ、帰る?」
 
「う、うん・・・」
 
「んじゃ、帰りますかね。お嬢さん」
 
頷いて応えるなり、手に暖かな温もりを感じて、視線を降ろす。
 
少し前を歩く侑魔君の手が、私の手を優しく掴んでいた。
 
(ず、ずるい・・・っ)
 
私は帰り道、結局ずっと顔を赤くしたままで、侑魔君と下校する羽目になった。
 
・・・侑魔君が心なしか楽しそうだった気がするのは、多分気のせいじゃない。
 
 
 
 
―あとがき
 
砂糖ザーみたいな展開大好きですが何か。
・・・この人はデレたら一番白亜を甘やかすであろう人物だという事で。
はっはー。
そろそろ侑魔君も佳境に入ってくるかねー。
段々長くなってくなー。