「んー・・・何から話せばいいかな」
私を呼び出して廊下の突き当たり、基本的に店員しか来ないような場所(特に店員もあんまり来なさそうな場所)に移動して、お兄さんは小さく呟いた。
まあ、何か真剣な話しがあるから私を態々呼び出したんだと思うけど・・・何だろう。
というかこのお兄さん、シリアスな事も普通に話すからいまいちどんな反応を返したら良いのかに果てしなく迷う。
「?」
目の前でお兄さんが何やら悩んでいるようだけど、こればかりは私が「じゃあアレなんかどうですか」と助言できる訳もなし。
というか助言できるなら最初からお兄さんが説明する必要もないしね。
もっとkwsk説明してほしい事とかだったら話は別だけど。
「ええと、実は今・・・この街では四神っていうのが目覚めようとしてるんだ」
「四・・・神?」
何だか壮大な響きである。
お兄さんは何を話すべきか絞り込んだ後は別に悩むこともないらしく、微笑を浮かべながらもコクンと頷いた。
毎回思うけどこのお兄さん、どうにも底が知れなくて・・・若干威圧感が半端ないんですけど。
「そう。随分昔に、地獄に堕ちて処刑された挙句、この世界とあっちの世界の繋がりを作る為の神柱にされた神様達の事」
この世界とあの世界の、繋がり。
神柱・・・とは恐らく、人柱、生贄・・・みたいなものの事だろうか。
多分私の想像は間違って居ないと思う。
とにかく、禍々しい話をされようとしている気がする。
相変わらずお兄さんは笑みを絶やさないけど。
「・・・」
無言のまま聞いている私を見て、お兄さんは再び口を開いた。
「今はもう繋がりが深く出来てるから、四神が居る必要はないんだけどね・・・。まあ、力が強大すぎる神様で、ぶっちゃけ片付けられなくなっちゃったんだ」
「片付けるって・・・」
もう少し、言い方というものがあるのではないかと思う。
曲がりなりにも神様らしいし、それに・・・神様と言えど、片付ける・・・という表現はどうにも気分が良くない。
私の表情を見て、お兄さんは困ったように少し笑って見せた。
「同情する必要は無いよ。もう何万年も前に封印されたから・・・、っていうか、地獄に堕ちて、抜けてこっちにつれてこられた時点でとっくに意識も消滅してる」
「意識がないって言ったって・・・その神様達は何をしたんですか?」
ばっさり言うお兄さんに色々反論はあったが、話が前に進まない。
とにかく、その神様達が何をしたのか、という事に話を移す。
神様という立場でありながら地獄に落とされる、というのは相当な事をやらかしたんじゃないかと思うからだ。
私の質問に、お兄さんは薄く笑って、人差し指を立て、廊下の床を指差した。
「人間達を消して、世界を作り直そうとしたんだよ」
「!?」
それは確かに、罰を受ける内容かも知れない。
自分が消される側に立ってるから、と言う訳じゃなくて・・・単に、世界から生き物を丸々一種類消すという事の恐ろしさを考えてだ。
自分達の都合のみで、一つの生き物を消してしまおうと考えたのか。
消される側の生き物にだって、命も心もあるというのに。
「それが神様達の中でも揉めてねー。結局、多数派の神様達に戦いで負けた消滅組は、世界の理を曲げようとしたも同じで、処刑されて、地獄に落とされた訳」
あっさりと話されているが、コレだけで神話の本が一冊位できる内容ではないかと思う。
多分、もっとえぐい話を、お兄さんが軽い調子で話しているからだ。
もしも多数派の神様が仮に負けていたら、自分は此処に居なかったかも知れない、と考えると・・・ぞっとする。
「どうして、人間を消そうとしたんですか?」
恐る恐ると尋ねると、お兄さんは「あー」と小さく呟いて、項を掻いた。
「その四人の神様達は皆未来が見える神様でね。人間は、やがてこの世界を食いつぶすだろう、と思ったんだろうね」
その神様達がどれだけ先の未来を視えるのかは知らない。
ひょっとしたら・・・その神様達の視た未来は・・・形になるかも知れない。
だけど、だからと言って、原因を全部消して終わり、などというのは・・・いただけない。
それは多分、人間が考える生き物で、命に重さを置くが故の考えだけど。
「・・・でも、だからって・・・滅ぼそうとするなんて」
「そう思う神様が多かったからこそ、今もこの世界は平和なんだよ」
呟いた私に、お兄さんは穏やかな調子で言って聞かせた。
平和、とは言いがたいかもしれないけど・・・確かに、人類がすべて消えてしまう事に比べたら、戦争とかは、まだ良い方かも知れない。
戦争とかで戦って死んでしまった人たちには、理不尽に聞こえてしまう考えかもしれないけど。
そこまで考えてから、お兄さんがどうして私にこの話をしたのか、に思考を移す。
「・・・。それで、今はこの世界に、その柱になってる四神さんが復活しようとしていて、だから妖怪が活性化してる・・・って事で良いんですか?」
「うんうん。で、その四神を止めるのは勿論、バカレンの皆がやるんだけど。その為には、多少なりとも力の増幅が必要なんだ」
「?」
力の、増幅。
・・・あの人たちはあれ以上まだ強くなるのか。
・・・でも、そこまでしないと危ない程、神様というのは強大な物なんだと思う。
例えそこに意思がなくても、元々は神格のある輩だけに・・・、強さも半端じゃない。
どうして自分が此処まで冷静に考えられるのかは解らないけど、何となくそう思った。
「そして、その力の増幅には、君の協力が必要不可欠って訳」
私の目をのぞき込んで、お兄さんが笑った。
翔魔君を思わせる、そんな笑み。
「どうして、私・・・?」
私は守られているだけの身だ。
体質的に妖怪達を引き寄せてしまう体質で、且つ、記憶操作を受けないとは言っても・・・。
私に出来る事が多いとは、考え辛い。
私の考えていることを見透かすような目をした後、お兄さんはいつものように微笑んだ。
何故かその笑みに、ぞわりと背筋があわ立つ。
「それは後で解るよ。今は文字数の関係で、話を手早く進める事に専念してるんだ」
(作者の本音を混ぜないでよ・・・)
折角此処までシリアスで通したのに。
・・・微妙にふざけは入ってたけど。
「取り敢えず、どうすれば良いんですか?」
重要なのはそこだ。
私だって、いつまでもお荷物ではいたくないから、やれることを考えたい。
お兄さんは私の目を見て、コクリと頷く。
「封印の言霊っていうのがあるんだけど・・・それを唱えて、四神を封印というか・・・まあコレは難しいし、何代渡っても無理だったことだけど・・・出来るなら、肉体を消して欲しい」
「消すって・・・」
相手は神様なのに。
自分にそんなご大層な事が出来るのか。
バカレンの皆でも強化しないと危ない相手だというのに?
「大丈夫。先刻も言ったけど、もう魂はとっくに地獄の大釜に取り込まれてるから。アレはただの抜け殻だ。・・・厄介だよねえ・・・」
・・・どうしてお兄さんは此処まで詳しく知っているんだろう。
翔魔君のお兄さんという位だから、多分・・・何かしらの力は持っていても可笑しくないと思うけど。
「・・・・・・・・それで、その言霊って言うのは?」
考え事を振り切って、問いかける。
「人によって違うから、自分で探さなくちゃならないんだ」
「え・・・」
探す、と言われても・・・どうやって。
まさか交番に届けられてる訳でもないのに。
そんなあやふやなものを、どう探せというのか。
「・・・まあ、君が探せなかった場合は、ちゃんと別の手段もあるんだけどね。でも、君はそれ・・嫌がりそうだから」
「・・・・・」
含みのある言い方でそう言って、今度は少し酷薄な笑みを浮かべた。
その笑い方で、確かに私にとってあまり好ましくない事態なんだ、とは何となく理解した。
「考えておいて。時間はまだあるから」
「・・・・・はい」
一瞬の酷薄さを消すように浮かべられた微笑を、素直に受け取ることはできなかった。