コツコツと廊下を、何かが歩いてくる音が響く。
・・・先刻の物音は、やっぱり気のせいでもなんでもないらしい。
(せ、先生か・・・何かかな)
動揺を押し隠して、私はドアの方を睨みつける。
・・・何とか冷静さを保とうと頑張っては居るものの、恐らく今の私は緊張全開だろうと思う。
(こんな中途半端な時間に見回りなんて・・・する?)
だけど、中途半端な冷静さはかえって現状を最悪の事態に考える要因にしかならないという事を、私は身をもって理解した。
怖い話しを見た後の感覚に似たものがあるけど、実際にそれが起こった後だけに、恐怖が現実の物になる可能性があるのがキツイ。
御蔭で頑張って「先生かも知れない」と思い込もうとした自分の意見に自分で異を唱える結果になってしまった。
(日直の先生だったらもっと遅く来る筈・・・だよね・・・)
そんな事を考えながら、私は念のために・・・と鞄を手に抱える。
いざとなったらこれで鈍殺する勢いだ。
「・・・っ」
生唾を飲み込んで、足音がやってくる音を聞く。
そして、ゆっくり近付いてきた足音がドアの前で止まる。
鞄を握り締めて、ドアの方を睨み付けた。
そして、ドアを開けたのは―――・・・
「あれぇ?まだ残ってたんだー・・・どうしたの?」
私の姿を見て目を丸くした、優君でした。
・・・良かった・・・、妖怪じゃなくて・・・。
「・・・何だ・・・優くんか・・・」
気が抜けてヘロヘロと机の上に崩れ落ちた私を見て、優君はクスクスと笑って見せた。
「何、妖怪だとでも思った?」
何か初っ端から言い当てられてしまった・・・。
「・・・・・・エスパー?」
「いやいや、何かその青ざめた顔見たら何となく解ったんだ」
・・・どうやら、私の今の顔色はかなり最悪なことになってるらしい。
どれだけ怖がりなんだよ・・・とか自分自身に溜息が出てしまった。
「・・・青ざめてる?」
自分の顔を指差して問いかけると、ニッコリと笑ったままで遠慮なく頷かれた。
「うん。かなり顔色悪いよー」
「・・・そんなに・・・」
「んー・・・この間の奴、そんなに怖かった?」
「かなり」
言いながら溜息を吐いた私の頭を軽く優君が叩いた。
痛みは感じないけど、取り敢えず顔を上げると、いつの間にか私の座ってる席の真正面に居た優君と、目が合う。
「・・・まあ、普通の女の子の反応だよね、それが」
苦笑を浮かべて、優君が呟く。
「・・・」
優君の台詞に、少し馬鹿にされたような気がして、ムッと黙り込んだ。
その様子を無言で見ていた優君は、暫くしてニッコリ笑った。
「・・・そんなに怖いなら、送っていこっか?」
・・・意外な申し出に、一瞬目が点になった。
「へ?良いの?」
「・・・いや、嫌なら自分から言わないでしょ」
「それは・・・そうだけど」
私の返答に、呆れたような顔をされる。
・・・確かに優君は意外とはっきり物を言うから、嫌なら最初から言わないだろし。
「どうする?」
首を傾げてやんわりと聞かれる。
「でも優君、家何処なの?」
返答はそれ次第って事になるのかな・・・。
私の事情だけで引っ張りまわすのもかなり悪いし・・・。
私が懸念していることを何となく悟ったのか、安心させるように微笑んでから、手をヒラヒラと振る。
「皐月君の家行く途中にある豆腐屋〜」
「ええ!?そうなの!?」
何か意外だ・・・。
どっちかっていうと・・・ビジュアルがホストの方に向いてる気がするんだけど、気の所為?
・・・豆腐屋ホストか・・・。
・・・設定的には有りだけどどう物語を膨らませるかが問題よね・・・。
・・・何を考えてるんだろう、私は。
それはさておき。
家の方向が同じなら・・・別に大丈夫かな・・・。
「そう。だから反対方向かも、とか気にしないでも良いよ」
完全に読まれてるっぽいです。
・・・隠しても特に私に得なことないしな。
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えても・・・良い?」
「どうぞ。あ、ついでにうちの豆腐買ってく?」
ついでのレベルの買い物かな・・・それは。
学校帰りに豆腐買って帰るって、主婦か。
「・・・絶対重いよね」
「あはは、買ったら僕が送るついでに配達もしてあげるよ」
「・・・商人だね・・・優君」
「家柄情ねー」
取り敢えず、優君の商人な才能を垣間見つつ、私達は鞄を持って、どちらからともなく踵を返した。
いつの間にか、不安も少し消えている。
・・・ひょっとして、これも確信犯なのかな・・・、なんて考えながら、私は優君と家路を歩いた。