結局私は、何があったのか気になって騒ぎの方へ向かうことにした。
廊下を早足で進んでいく私とは逆に、何人かの生徒達がその方向から逃げていく。
そして、私もその方角を見て、思わず足を止める。
「・・・あれ、何・・・?」
一言で言うなら、化け物。
それは、到底人間と呼べない、化け物がそこに居た。
長く伸びた腕を振り回し、二体の化け物が暴れている。
「きゃああああ!!」
逃げ遅れていたらしい女の子が私の横を駆け抜けていく。
まずい。
「逃げないと・・・まずい系ですよね・・・コレ」
乾いた笑みと共に呟いた私に、化け物が気付いたらしい。
・・・何故か此処の制服を着た二体の化け物は、私の方に向かって駆け寄ってきた。
「「キシャアアアアアアアアア!!!!」」
おぞましい悲鳴に、逃げなきゃ、と本能が叫ぶ。
「っ!?」
でも、体はピクリとも動かない。
まるで地面に足が縫い付けられたみたいに。
(足がすくんで・・・動かない・・・!?)
あの化け物は何処からどう見ても草食じゃない。
となれば、確実に私は彼らの目に餌としてしか映っていないんだろう。
涎を撒き散らし、ギラギラとした目で、化け物は此方に向かって来る。
もう駄目・・・っ!!
目を見開いて硬直する私の頬を、化け物の爪が掠めていく。
あのまま行けば、確実に私は化け物に首をそぎ落とされていた筈――・・・
だけど、その事態は免れたらしい。
いつの間にか、私の周辺に張り巡らされた薄い膜のような物が、守ってくれたようだ。
「大丈夫?」
「へ?」
ぽかんとしていた私の隣に、いつの間にか立っていた人物が問いかけてくる。
「・・・怪我とかしてない?」
ニッコリと笑って顔を覗きこんできたのは――・・・
「優君!?」
クラスメートでした・・・ってどういうオチ!?
コレ何ていう恋シュミ!?
「やーれやれ・・・今月の暴走者多すぎだろ・・・面倒臭ぇ」
私の前方にて、溜息を吐き、指を鳴らす小柄な背中に、私は再び驚かされる。
こんな時まで二人一緒に行動してたんだ・・・。
「侑魔君も・・・」
そして、周りに目を向ければ、侑魔君の視線の先には、先刻の化け物が。
壁に減り込んでいた。
状況を見るにどうやら、先刻の化け物を蹴り飛ばしたのは侑魔君らしい。
「・・・血の匂いするし、怪我はしてるみたいだな・・・」
チラリと私の方を向いて侑魔君が眉をひそめた。
それを聞いて、優君が私の頬を見る。
どうやら反対側の頬だったから、気付かなかったらしい。
「えー・・・。じゃあこの後保健室行かなきゃねー・・・」
「まあ、フロア一階下るだけだから良いケド」
困ったように言う優君に腕を回して相槌を打って苦笑する侑魔君。
・・・え、何・・・何でこの二人この状況で冷静なの?
慣れてるの!?コレ!!
「取り敢えず、あいつ等仕留めちゃおうか」
「ういっす」
パニックになっている間にも、二人の中では次の行動が決まったらしく、化け物の方に二人が鋭い視線を向ける。
「此処の中に居れば安全だから動かないでね」
柔らかい声で私に一度だけ言って、優君もさっさと結界(らしい物)の外へと出てしまった。
確かに此処の中に居たら攻撃は来ないっぽいけど・・・。
「う、うん!でも二人共危な―――・・・」
声を掛けようとした瞬間、化け物の方が動いた。
壁に減り込んでいた方の化け物と、もう一匹の、無事だった方が、侑魔君達目掛けて駆け出す。
壁に減り込んでいた方は侑魔君に対して怒っているのか、先刻まで狙っていた私には目もくれない。
侑魔君は一度だけ気だるそうに頬を掻いて、ニッと笑う。
そして懐からナイフを取り出して、
「削げろトロ助が」
言うなり、ナイフで化け物の腕を切り落とした。
血飛沫と断末魔が、辺りに響き、飛び散る。
「っ!?」
一気に鉄臭くなった空間に、思わず鼻を押さえた。
恐ろしいことをサラッとしておきながら、侑魔君の表情は変わらない。
「拷問とか苦手なら見ない方がいいよー」
「軽くR18入るしな」
「僕は慣れたから良いケド」
「ってか優君だってグロめの技使ってじゃん」
「でも血は飛び散らないよ」
「そのままあっちの世界にお持ち帰りだもんな」
軽いノリのままそんな遣り取りをしながらも、化け物の怒り狂った攻撃を軽くいなしてしまう二人。
侑魔君は化け物の攻撃を全部格闘技でいなしてるし、優君は私を守っている膜と同質の物で軽く攻撃をはじいている。
どう見ても人間技じゃないですね、解ります。
「「さて仕上げ」」
二人同時に声を上げて、化け物に鋭い目を向けた。
「消え失せろ」
言うなり、侑魔君の手に大きな鎌が現れ、化け物を横一線に切り裂いた。
「串刺しに」
同時に、もう一方の化け物を大きな膜が包み、その中で見えない何かが化け物を串刺しにした。
「「さいなら〜っと」」
二人がニッコリ笑って告げれば、それとほぼ同じタイミングで二匹の化け物の体から黒い靄が噴出し、やがて化け物自身を包んで、消えた。
辺りに、静寂が戻る。
「・・・す、すごい・・・」
へたり込んで小さく呟いた私の方を振り返った二人の様子は、あんな事をした後だというのに、教室で見た物と全く変わらなかった。
「さて、感心してくれてるこの子の手当てをしなきゃね」
「ちょい待ち、取り敢えず皐月に連絡しとかん?」
「それが無難だね」
軽い遣り取りの後で、徐(おもむろ)に携帯を出した侑魔君。
その間にも、優君は怪我の具合を見てくれているんだけど・・・近い。
顔が近いです!!!
「もしもし皐月?悪い・・・、白亜が巻き込まれちまった・・・」
思い詰めたような口調で言う侑魔君だけど、表情はニヤリと笑っている。
・・・お兄ちゃんからかう気満々だな・・・というのが解る。
というか、表情と口調が全く一致してないのに、声だけでよくこんな調子出せるな・・・と感心した。
(何かシリアスな感じに言われてる!?)
電話口から漏れるお兄ちゃんの声は、何を言ってるかまでは解らなくても、かなり焦ったものだってのが解る。
ああ、ちゃんと心配してくれてるんだな・・・というのが解って、少し心の中が暖かくなった。
「焦んなし。ちゃんと助けたし」
くっくっと喉を鳴らして笑う侑魔君の様子を見ると、お兄ちゃんはかなり焦っていたらしい。
(電話口の向こうからお兄ちゃんの怒鳴り声が聞こえてるんですけど)
ぽかんとしている私と侑魔君を見て苦笑し、優君が軽く頭を撫でてくれた。
「いつもの事だから気にしないで。さ、保健室行こっか」
「うん・・・」
その言葉と同時に侑魔君も電話を切り、私を保健室へ連れて行くべく手を引いてくれた。