「さあて…今日からお兄ちゃんと一緒に住むんだ…。懐かしいなー…」
 
見た所も何も隅から隅まで満遍なく普通の一軒家の前に立ち、私はしみじみ呟いた。
 
両親が事故で入院している間お世話になる家なんだ、と思うと嫌でも感慨深くなる。
 
扉の前に立って鍵を取り出し、小さく深呼吸。
 
それから、扉を開けて、中に踏み込んだ。
 
思えばこの瞬間から、私の物語は始まっていたのだろうか。
 
                      ☆☆☆
 
「お邪魔しまーっす。お兄ちゃーん?」
 
玄関の扉を開けて、靴を脱ぎ、家へ上がりこむ。
 
勝手知ったる従兄弟の家で、小さい頃から何度も遊びに来てるから、今更遠慮も何もない。
 
本人にも゛勝手に上がってていいから゛とか言われた位だし。
 
大して大きくもなく小さくもない一軒家の、大して長くもなく短くも無い廊下を歩く。
 
声を掛けても返事がないって事は…留守なのかな…。
 
…でも、TVの音はしてるしなぁ…、と首を傾げて、私はリビングの方に足を向けた。
 
「お兄ちゃん?此処に居るの?」
 
ドアを開けて、顔を覗かせる。
 
すると、そこにいたのは…。
 
「……」
 
見知らぬ男の人でした。
 
全く見覚えがない人なんですけど。
 
ソファに座って本を読んでいたらしいその男の人…(というか多分私と同い年位だから男の子?)は、金色の瞳に訝しげな色を浮かべて私を見上げた。
 
あからさまに゛アンタ誰゛みたいな顔してるけど、それは私も貴方に聞きたいんですけど。
 
「………えーと…」
 
家間違えてないしなー…だったら鍵使える筈ないしなー、とか思いながら、嫌な沈黙に目を泳がせる。
 
うわーい、気まずーい…。
 
相手の人の視線が超痛いよ…。
 
「…俺の事は気にせず、取り敢えず荷物を置いたらどうです?」
 
「あ!!は、はい!!有難う御座います…」
 
ソファに座ったまま、本に視線を戻しつつ声を掛けられた。
 
そこで私は、自分が大荷物を持った状態であるという事を思い出し、荷物を床に降ろす。
 
(どうしよう…何か全然知らない赤の他人が居る!!誰?妖精さん!?)
 
取り敢えず心配してくれてるし、ちゃんと敬語使ってくれる程度の常識もあるみたいだし…。
 
堂々としているから泥棒でもなさそうだし。
 
そもそもお兄ちゃん何処に行ったの!?
 
この時間に来るってちゃんと言っておいた筈なのに―!!
 
なんて感じの事を考えつつ、私は取り敢えず促された通りにソファに腰かけた。
 
「「……」」
 
それから、数分間の沈黙。
 
付けっぱなしのテレビの音だけが、リビングに響いている。
 
正直全然頭に入ってこない…。
 
(…きまずっ!!!!この空間気まずい!!!!)
 
向こうも居心地悪そうだし…。
 
何か眉間に皺っ!!皺が…!!!
 
私は悪くない筈なのに、物凄く罪悪感…!!
 
なんてやっている内に、玄関のドアが開いた音がして、意識が反射的にそちらに向いた。
 
暫くの沈黙の後で、リビングのドアが小さな音を立てて開く。
 
「ただいまー。いやー暑かったよー…しかもジョンプ売り切れててさー…炎天下の中歩行距離が伸びて更にきつくて……、あれ?」
 
オレンジ色の髪の青年を見て、表情が緩む。
 
…この瞬間に助かったとか思っちゃった私はかなり失礼だけど自分に正直だと思う。
 
「お兄ちゃん!」
 
声をあげると、お兄ちゃんは私に目を向けてやんわりと微笑んだ。
 
「久しぶりー!!元気してた?白亜!」
 
そこまで言って、ビニール袋を置いて私の前に立ったお兄ちゃん・こと橙 皐月に頭を撫でられながら、私はそういえば、と視線を持ち上げた。
 
視線の先には、読書中の男の人。
 
景気良く流されてるけど、この男の人なんなんだろう。
 
「げ、元気だったけど…お兄ちゃん、この人は…」
 
私の声にお兄ちゃんはチラリと男の人に目を向けて、にっかりと笑った。
 
「ああ、侑魔ね。隣に住んでる同じクラスの友達だ」
 
あー…お隣さんのクラスメート。
 
…確かに同い年っぽいしね…。
 
そう言われれば納得。
 
「…蒼紺 侑魔です。宜しく」
 
ふう…と、溜息混じりに行われた紹介に、私も慌てて頭を下げる。
 
「あ、えと…色無 白亜です。宜しく…」
 
相手も軽く頭を下げて私に中性的な声で「宜しく」とだけ言って、お兄ちゃんを睨み付けた。
 
「…皐月、ちょっと良いか」
 
「んー?何?」
 
対するお兄ちゃんはぽわわわわーっとした雰囲気で首を傾げてるし。
 
侑魔さんは口元を引き攣らせ、お兄ちゃんに詰め寄る。
 
客が来るなら来るで最初に言って行けよ!!何のスタンバイもしてなくて侑魔さん気まずさのあまり心臓口から出るかと思ったじゃねーかコノヤロー」
 
何か口調が第一印象を大きく裏切ってる人だなー…と思った。
 
パッと見クールそうに見えるのに。
 
「あー、そりゃすまんねー。あ、侑魔、白亜…昼ごはん食べた?」
 
しかもサラッと流したよ、お兄ちゃん。
 
「私は食べてないよ」
 
聞かれたからには答えなければと思って答えた私の横で、侑魔さんは腕を組んで、不機嫌そうに溜息を吐いた。
 
「…強いて言うならポカリ・ジ・エンドを」
 
それは清涼飲料水だ!!!食べ物じゃないから昼ごはんにカウントされません!!
 
「別にそんなに頻繁に食べ物口にしなくても、太陽と飲み物があれば五日は生きれたぞ
 
葉緑体でももってるのか、この人。
 
植物か!!…なら取り敢えず、最初に昼ごはんだね。白亜も揃ったことだし」
 
侑魔さんにツッコミを入れてから、お兄ちゃんは再び私に笑顔を向けてきた。
 
「有難う、お兄ちゃん。お腹空いてたから丁度良かったよ!」
 
因みにコレは本当の話し。
 
だって朝早くから出て、ここまで何も口にしてないし。
 
「俺は別に」
 
食べていかないなんて言ったらくすぐるよ?
 
ひっでぇ!!!
 
「五月蝿いな、君はタダでさえ年中不健康なんだからちゃんと食事を摂りなさい!!」
 
年中不健康って。
 
確かに顔色悪いけど、この人。
 
「…」
 
お兄ちゃんの台詞に返す言葉がないのか、侑魔さんは渋々と言った調子で黙り込んだ。
 
何か、本当に見た目とのギャップが激しい人だなー…。
 
「よし。準備するから、二人共手伝ってー」
 
「え、あ、はーい!!!!」
 
「……あいよー」
 
キッチンから聞こえて来たお兄ちゃんの声に、私達は揃って頷いた。